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2011年11月 7日 (月)

ベースと勝負か、バッターと勝負か

広島カープから巨人に移り、96年の長嶋監督のメークドラマの立役者となった川口和久さんが、「投球論(講談社現代新書)」という本を書かれています。投手がマウンドで何を考え、チームメイト、とくに捕手とどのように向き合っているかを、ご自分の体験をもとに綴った好著です。

その中で、ブルペンでのピッチング練習の様子が描かれたくだりがあります。

川口さんは、ブルペンの投げ込みが苦手だったそうです。野球ではホームベースとバッターがいて初めてストライクゾーンが生まれます。だから、バッターのいないところに投げるのは意味がないということですが、本音はご自身のピッチングスタイルと関係があるようです。

川口さんは決してコントロールの良い投手ではありませんでした。むしろ、失礼ながらフォアボール乱発のノーコンピッチャーといってもいいくらいでした。このような投手のピッチングは、ストライクを重ねることでバッターを三振に討ち取るというより、威力のあるボールに詰まらせて内野ゴロに討ち取ることで成り立っていることが多いようです。あるいはど真ん中に投げ込まれたボールに打者のバットを当てさせずに空振り三振に討ち取るというスタイルです。だからストライクを見送られ続けると苦しくなってきて、最後はフォアボールで塁を1つただで進呈することになります。

ピッチング練習のやり方は、コントロールの良い投手とそうでない投手ではずいぶん違うようです。同じころ広島のエースだった北別府投手などは抜群のコントロールの持ち主でしたから、ベースの角を通すとか、紙切れ一枚分はずすとか、まるで精密機械のようなピッチング練習が可能だったそうです。そしてその投球は実戦でもそのままに発揮され、多くの打者が手玉に取られました。

ところが川口さんはそんな練習はしませんでした。というより、そんな芸当は苦手でしたので、バッターに立ってもらって、彼なりの実践的な練習を行っていました。たとえば、「この打者はベースから離れてたっているから、外角には手が出ないはずだ。」とか、「こいつはベースよりに構えているから、内角のストレートにはついてこれないはずだ。」といったことを考えながら、苦手ゾーンの周辺に剛速球を投げ込む練習していたそうです。

この状況を、川口さんは「ベースと勝負か、バッターと勝負か」という言い方で表現されています。自分はあくまでもバッターと勝負しているのであって、ベースと勝負しているのではない。だからバッターのいないブルペンでの投げ込みは練習にならないということです。あくまでもバッターの出方を読んで、その状況に最適な対応を行うことで勝ちを収めるというスタイルなのです。

私はこれを聞いて、「わが意を得たり」と思わず膝を打ちたくなりました。

講師の世界では、模擬講義というものがあります。お客さんが発注先を選定する際に、そこに所属する講師にためしに講義をやらせて、上手な講師を選ぶ儀式なのですが、私はこれが大の苦手です。

模擬講義の会場では、審査員となる顧客企業の教育担当者の方が数人席に座っており、講師は順番に教壇にたち、最初の10分とサビの部分の10分などという形式で講義を行います。「声の大きさ」「説明のわかり易さ」「事例の適切さ」などという評価項目にそって採点し、トータルで最高点をとった講師が選ばれる、ということです。

ところがこの模擬講義、乗らないんですね。受講者がいないものですから、壁に向かってしゃべっているようなものです。審査員はいますが、彼らは勉強しようとして座っているわけではないので、反応は本物の受講者とは全く違います。「そうか、わかったぞ!」という反応はまずありえず、その反対に、講師が言葉を詰まらせたときにはなにやら減点記録をとっています。乗らないというより、不愉快な存在です。こんな人たちを相手に、本来の講義などできようがないじゃないですか。

結局、最後まで仏頂面で講義を続けた私は「不採用」の判定を受けることになります。わざわざ時間をとって準備までして、ばかばかしい話です。ですから最近では、模擬講義と聞くと、「だったら結構です。」と辞退することにしています。

私の大好きな芸人さんに綾小路きみまろさんがいます。彼のCD/DVDのほとんどはライブです。彼だけでなく芸人さんの場合は基本的にライブのはずです。お客さんがいなければ最高の演技はできないからです。以前、きみまろさんのスタジオ録音のCDを聞いた事がありますが、はっきり言って「聞いちゃいられない」という代物でした。なんでも警察関係のオーダーで作成された内容のようで、発注元がいろいろと注文をつけたんでしょうね。こんなCDで自分の芸が評価されるとしたら、きみまろさんはさぞかし不本意でしょうね。

講義も同じです。講師は言葉を重ねながら受講者の反応を観察し、次に紹介する話題を考えているのです。講義とは受講者と講師で形作られる生き物であり、受講者の学習意欲と講師の熱意が織り成す化学反応なのです。

セミナーとはライブである。そのことが理解できていれば、模擬講義などという茶番はなくなると思うのですが、なかなかなくなりませんね。むしろ増えている気もします。経費予算が厳しくなる中で、研修コストへの風当たりも強くなっているようで、十分な検討の結果開催された研修であることを社内にアピールする必要が出てきた研修担当者が、仕方なく模擬講義による選考会を実施しているのかもしれません。

とはいえ、講師の中には模擬講義を得意とする方もおられると思います。そんな方はきっと、投手で言えば北別府さんのような方でしょうね。講義の内容を精密に組み立て、受講者に左右されることなく、粛々と講義を展開されるのだと思います。

川口さん流に申せば、「教室と勝負か、受講者と勝負か」といった感じでしょうか。

私は受講者と勝負する講師です。

すみぶち塾Sumizuku

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