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2011年11月

2011年11月28日 (月)

講師の「相棒」

男性の方であれば、少年時代に野球に熱中した経験をお持ちの方も多いと思います。私もご多分にもれず、結構熱くなった方です。といっても運動音痴で、「下手の横好き」をまさに地で行く感じでしたが。

そんな私が野球にのめりこめたのは、チームが弱かったからです。田舎の話で、都会のようなリトルリーグのチームなどは影も形もなく、わずかに地域(町別)対抗の野球大会が年に2回開催されるだけでした。わが古城町チームは、私がキャプテンになる前年は、スタメンのほぼ全員が6年生で構成される最強チームでしたが、私の代には6年生がわずかに2名。しかも私も含めて運動は苦手と来ています。対抗戦では常にコールド負けで、相手チームからはフリーバッティングだと思われていました。次の試合に備えた打撃練習扱いだったんですね。悔しい記憶には違いありませんが、今となってはいい思い出です。

その後、大人になるまでほとんど野球に関わる機会はなく、娯楽としての試合観戦程度でしたが、そんななかで捕手というポジションの重要性に気づかされる場面がたびたびありました。何しろ、捕手出身の監督が多く、その多くが名監督と呼ばれるのを見て来ましたし、何といっても野村(克也)監督の印象が非常に強かったと思います。チームの他のメンバーと逆方向を向いている捕手とは、野球の要なんですね。

先々週の記事で書いた川口投手は、広島時代の女房役の達川捕手と、サインの適否をめぐって対立した際、「打たれたらこっちのせいですからね。」と苦情を言ったそうです。投手から見れば、打者を抑えられたら捕手の手柄、打たれたら投手の責任にされるという印象があるのでしょう。一方、捕手から見れば、打たれたら「なぜ、あそこでそんなサインを出したんだ!」と監督に叱られるのは捕手の役目、という理解もあるようです。どっちもどっちですね。

しかし、客観的に判断すると、打者のことをよく知っているのは捕手だと思います。なぜかって、投手は何日かに1回、それも9回未満の登板ですから、毎試合9回まで打者と対峙する正捕手には情報量でかなわないはずです。しかも、投手は自分の球に対する打者の対応以外は、VTRで確認することしかできませんが、捕手はそれを目の前で確認できています。情報の質の点でも捕手が上だと思います。ですから、投手は捕手のサインを重視するのでしょうし、ベンチも捕手のリード責任を厳しく追及するのだと思います。

ところで、我々セミナー講師の世界でも捕手に相当する存在がいます。営業担当者がそれに当たります。なぜでしょうか。

彼らは担当クライアントをもって活動しています。1つのクライアントに対して、さまざまな講師を紹介し、多数の研修を実施しています。講師の方は、自分の担当講座を通してのみそのクライアントを理解することになります。クライアントを理解する、という意味では、講師は営業担当者にかないません。

研修の仕事を受注する際には、「企画書」と呼ばれる提案資料を作成します。クライアントの要望をヒアリングし、最適なプログラムを設計して提案するのですが、初めてのお客様の場合、結構悩みます。研修も複雑なものになれば、注意深く検討しなければとんだミスマッチを引き起こし、お客様をがっかりさせてしまいます。こんなとき、このクライアントに精通した営業担当者のアドバイスがあれば心強いものです。

ベテランの中にはクライアントと講師の両方を知り抜いている人もおり、こんな営業担当者の場合、クライアントの要望を聞いた後、自分で提案書を作成し、「こんな感じで出しといてもいい?」と確認のメールをくれることもあります。講師としては大助かりです。コンサルティングの提案ではさすがにこんな芸当はできませんが、提案内容を大きく制約する提示金額については、「500万円くらいでいい?」などと聞いて、それを前提に提案内容を考えることもあります。

私はゴルフはやりませんが、ゴルファーにとってのキャディーもこんな役割なんでしょうか?

ただし、すべての営業担当者がこのような信頼を得ているとは限りません。残念ながら、本当に信頼できる営業担当者は少ないと感じます。信頼できない場合には、自分の経験に基づくことや、先輩講師などのアドバイスに従うことが賢明でしょう。彼らのアドバイスを盲信するわけにはいきません。捕手のサインに首を振るわけです。

元捕手で西武ライオンズの監督をつとめた伊東(勤)さんは、駆け出し時代の悔しい思い出として、投手がバックネット裏のスコアラーのサインを見て投げてきた話をされています。自分のサインと投手が投げる球が違いすぎるので確認したところ、この事実が判明したそうです。ひどい話ではありますが、捕手の経験が浅くてリードの力量が低く、投手の側も勝てなければ飯の食いあげですので分からなくもありません。

捕手が信頼できる人であれば投手も楽でしょう。同様に営業担当者を信頼できれば講師も楽です。私にも信頼できる営業担当者が幾人かいます。彼らと仕事をするときは、「いい仕事をしよう」ということだけ考えていればすみます。また100%の信頼ができなくても、クライアントの情報を多く持っている営業担当者の話には耳を傾ける価値があります。経験の浅い講師の場合、営業担当者の役割を軽視し、自分ひとりでがんばっている人もいますが、もったいない話です。

水谷豊さんのドラマじゃないですが、「相棒」って大切ですね。

すみぶち塾Sumizuku

2011年11月21日 (月)

サービスのプロ

ワイン好きの方であれば、田崎眞也さんをご存知の方が多いと思います。95年にアジア人としてはじめて世界最優秀ソムリエになった方です。田崎さんはシェフソムリエとも呼ばれ、料理の腕も一流で、TV番組「料理の鉄人」で鉄人に勝ったこともあります。現在、国際ソムリエ協会の会長として、ワインの普及とソムリエの質的向上に尽力されています。

その田崎さんがよく口にされる言葉に、「ソムリエはワインの専門家である前に、サービスのプロでなければならない。」というものがあります。ソムリエとは、レストランで食事をするお客様が、料理に合わせてワインを楽しむのをサポートする接客業であるという意味でしょう。

田崎さんが危惧されるのは、ソムリエがワインの専門家気取りで、ワインに疎いお客様に対して薀蓄を傾け、まるでお客様をばかにするかのように、「そんなことも知らないんですか?」といわんばかりの対応をすることです。確かにワインは奥の深い飲み物であり、産地や歴史、料理との相性など、本格的に楽しむためには多くの知識が求められます。しかし、こういった知識のない一般のお客様をサポートするのがソムリエの仕事であるはずです。むしろ、そんなお客様がいるからこそ、自分たちが「飯が食える」のであり、感謝しなければならないはずです。

私はソムリエがいるようなレストランにはめったに行きませんが、世の中には自分に与えられた使命が理解できず、独りよがりの仕事をしているソムリエが結構な数いるようです。フランス料理店のオーナーシェフの中には、「ソムリエを置かないほうがサービスの質が向上する。」と言い切る方もいると聞きます。ソムリエの普及に尽力される田崎さんとしては、なんとも歯がゆい話だと思います。

似たような話がコンピュータの世界にもありました。私は20代のころ、ソフトウェアハウスでSEの仕事をしていました。そのころ、「SEと話をするのは不愉快だ。」とおっしゃるお客様に多く出会いました。「SEと話をすると、ばかにされているような気がする。」というのです。「そんなことも知らないのですか?」と言わんばかりの対応が目立っていた気がします。パソコンが普及し始めたころにも、同じような話が多発しました。ご記憶にあるのではないかと思います。

ワインとは性質が異なりますが、コンピュータも複雑な機器ですし、ソフトも多様です。使いこなすにはかなりの専門知識が必要になります。そして、それをサポートするのがSEです。にもかかわらず、コンピュータの専門家を気取って、知識のないお客様を見下し、ばかにするような仕事ぶりのSEが多かったのも事実です。ソムリエと同じ現象がSEの世界にも見られます。

SE出身ということもあり、10数年前までは私もSE教育に携わってきました。若手のSEを指導する際には、先輩SEからの助言として、「SEとはSystem Engineerの略だと思うな。接客(Sekkyaku)の専門家(Expert)の略だと思え。」と伝え続けてきました。「SEとは接客業である。」ということを後輩たちに理解して欲しかったのです。とくにビジネスシステムを扱うシステムアナリストやアプリケーションエンジニアと呼ばれる職種では、業務支援システムをお客様と二人三脚で構築していく仕事を請け負う以上、接客の意識(おもてなしの精神)がなければ仕事にならないと思うのです。

翻って、セミナー講師はどうでしょうか。

さすがに、「そんなことも知らないの?」はないだろうと思いたいのですが、残念ながらそうでもないのです。もちろん自分が今からしゃべろうという知識を受講者があらかじめ持っているとは考えないでしょうが、それを理解するための前提知識については、「そんなことも・・・」はあるようです。自分の説明が下手で受講者が理解できないということを認めたくなくて、説明し忘れた部分について「当然知っているものだと思っていました。」と言い訳をするのです。要は説明が下手なのです。そして犠牲になるのは受講者です。

物事を説明する際には一定の順序というものがあります。前提となる基礎知識を理解してもらい、一定の前提条件をおきながら応用的な知識を説明する、という具合です。ところが、準備不足の講師や教え方の下手な講師は、いきなり自分がしゃべりたいことから話し始めてしまいます。もちろん、受講者の知識レベルからみて、あまりにも初歩的な説明から入るのはかえって失礼でしょうし、時間のムダになります。しかし、そういう場合には、「○○については、既にご理解いただいていると考えてよいでしょうか?」という程度の軽い確認を入れながら講義を進めるべきです。

ただし、こんな講師は単にスキルが低いだけですので、経験をつめば直っていきますし、そうでなければいずれ淘汰されるでしょう。始末が悪いのは、受講者が理解できないとわかっていて、とうとうと難解な知識をしゃべり続ける講師です。本人は「自分はこんなに難しいことを知っているのだ。」と自慢したいのでしょうが、それは己の立場をはき違えているとしか言いようがありません。こんな講師につき合わされる受講者こそいい迷惑です。さらに困ったことに、この手の講師は難しいことをしゃべれるだけに、「上級編」などの講座を担当しつつ、生き残っていく可能性が高いのです。ただし、上級講座は相対的に開講数が少ないため、しょっちゅう初級編や中級編にも降りてきて、受講者を困惑させる困った存在になります。

先週の木曜日、今年のボージョレー・ヌーボーが解禁になりました。近所の酒屋のワインアドバイザーの話では、「今年は重くもなく、軽すぎることもなく、とっても飲みやすいですよ。」とのことでした。ヌーボー(新酒)をのみながら、初心(新酒時代)にかえって、己の講義を反省してみたいと思います。

でも、「わかりやすくて、質問も出ない。」では、講師としてもさびしいでしょうね。

とりこし苦労な一言を添えて、蛇足とします。

すみぶち塾Sumizuku

2011年11月14日 (月)

アウトコースへの配球

川口投手の話の続きです。

川口さんは縦に大きく曲がるカーブとインコースに食い込む剛速球が持ち味の投手でした。この剛速球のおかげでプロ入り3年という短期間に先発投手の地位を勝ち取ることができました。しかし、4年目にスランプが訪れます。打者に配球を読まれて、打たれるようになってしまったのです。

このスランプの最中に、大野(豊)投手と大先輩の江夏投手に「アウトコースの球を覚えろ」というアドバイスをもらっています。この2人は師弟関係で、ともにアウトコースを主体としたピッチングで勝負する投手です。

素人目にはさっぱりわからないのですが、なんでもアウトコースの球には球威は不要なんだそうです。インコースの球を投げるのに10の力を使うとすれば、アウトコースは7でいいそうです。その代わり絶妙なコントロールが求められるといいます。江夏さんいわく、「アウトコースはカウントも稼げるし、三振も取れる。勝負球にもなる。」ということです。そして、スピードはいらないからコントロールをつけろ、というアドバイスをされたそうです。

この話を聞いたときも、「そうだ。その通り!」と膝を打ちたくなりました。講師の世界にも全く同じことがあります。

インコースの球というのは、受講者をその気にさせて意識の変革を求めるような講義内容にあたると思います。このような成果を実現するためには、理論や事例などを語るだけではダメで、時代背景や受講者の勤める会社の風土、そして業務特性などを十分に理解し、彼らの心に響く言葉を選びながら、「そうだ、私がやらずに誰がやる!」という強烈な行動意欲を起こさせなければなりません。そのためには、そこに至るまでの講義の中で、彼らが大切にしている価値観やどんな言葉に反応しやすいのか、といった点を把握しておく必要があります。また、どんな言い方が彼らの心に響くのか、という伝え方の工夫も検討しておく必要があります。そして、一回だけでは伝わらなければ何度でも伝える。言い方を微妙に変えながら繰り返し訴えかける、といった力技になります。当然、講義だけでなく演習などもふんだんに用いられます。

これは結構大変な作業で、1つのセッションを終えただけでそこそこくたびれます。

それに対して知識学習中心の講座ではこのようなエネルギーの集中は不要です。正しいことをわかりやすく説明すればよいのです。知識を正確に覚えておくことも、伝え方の工夫も事前の準備が可能です。講義では準備したことを粛々と語っていけばよいのです。さほど疲れることもありません。時間も稼げますし、これだけでも研修として成り立つことも多いものです。まさにこれはアウトコースの球に相当すると思います。

講師の仕事をやったことのない方は、「演習中は講師は楽でいいですね。」とおっしゃいますが、本気で演習指導を行うのはとても大変です。むしろ講義で息抜きをしている感じです。ある会社で偉い方から、「演習の時間は講師を遊ばせるだけで、研修費がもったいない。」といわれたことがありますが、実際は違うんですね。しゃべっていれば時間が過ぎていく講義は、むしろ講師にとっては楽なのです。

最近の研修は前者の比重が増大しており、講師受難の時代が来たのかもしれません。

ここでも、「楽をしていては良い研修はできない。」ということがいえると思います。

すみぶち塾Sumizuku

2011年11月 7日 (月)

ベースと勝負か、バッターと勝負か

広島カープから巨人に移り、96年の長嶋監督のメークドラマの立役者となった川口和久さんが、「投球論(講談社現代新書)」という本を書かれています。投手がマウンドで何を考え、チームメイト、とくに捕手とどのように向き合っているかを、ご自分の体験をもとに綴った好著です。

その中で、ブルペンでのピッチング練習の様子が描かれたくだりがあります。

川口さんは、ブルペンの投げ込みが苦手だったそうです。野球ではホームベースとバッターがいて初めてストライクゾーンが生まれます。だから、バッターのいないところに投げるのは意味がないということですが、本音はご自身のピッチングスタイルと関係があるようです。

川口さんは決してコントロールの良い投手ではありませんでした。むしろ、失礼ながらフォアボール乱発のノーコンピッチャーといってもいいくらいでした。このような投手のピッチングは、ストライクを重ねることでバッターを三振に討ち取るというより、威力のあるボールに詰まらせて内野ゴロに討ち取ることで成り立っていることが多いようです。あるいはど真ん中に投げ込まれたボールに打者のバットを当てさせずに空振り三振に討ち取るというスタイルです。だからストライクを見送られ続けると苦しくなってきて、最後はフォアボールで塁を1つただで進呈することになります。

ピッチング練習のやり方は、コントロールの良い投手とそうでない投手ではずいぶん違うようです。同じころ広島のエースだった北別府投手などは抜群のコントロールの持ち主でしたから、ベースの角を通すとか、紙切れ一枚分はずすとか、まるで精密機械のようなピッチング練習が可能だったそうです。そしてその投球は実戦でもそのままに発揮され、多くの打者が手玉に取られました。

ところが川口さんはそんな練習はしませんでした。というより、そんな芸当は苦手でしたので、バッターに立ってもらって、彼なりの実践的な練習を行っていました。たとえば、「この打者はベースから離れてたっているから、外角には手が出ないはずだ。」とか、「こいつはベースよりに構えているから、内角のストレートにはついてこれないはずだ。」といったことを考えながら、苦手ゾーンの周辺に剛速球を投げ込む練習していたそうです。

この状況を、川口さんは「ベースと勝負か、バッターと勝負か」という言い方で表現されています。自分はあくまでもバッターと勝負しているのであって、ベースと勝負しているのではない。だからバッターのいないブルペンでの投げ込みは練習にならないということです。あくまでもバッターの出方を読んで、その状況に最適な対応を行うことで勝ちを収めるというスタイルなのです。

私はこれを聞いて、「わが意を得たり」と思わず膝を打ちたくなりました。

講師の世界では、模擬講義というものがあります。お客さんが発注先を選定する際に、そこに所属する講師にためしに講義をやらせて、上手な講師を選ぶ儀式なのですが、私はこれが大の苦手です。

模擬講義の会場では、審査員となる顧客企業の教育担当者の方が数人席に座っており、講師は順番に教壇にたち、最初の10分とサビの部分の10分などという形式で講義を行います。「声の大きさ」「説明のわかり易さ」「事例の適切さ」などという評価項目にそって採点し、トータルで最高点をとった講師が選ばれる、ということです。

ところがこの模擬講義、乗らないんですね。受講者がいないものですから、壁に向かってしゃべっているようなものです。審査員はいますが、彼らは勉強しようとして座っているわけではないので、反応は本物の受講者とは全く違います。「そうか、わかったぞ!」という反応はまずありえず、その反対に、講師が言葉を詰まらせたときにはなにやら減点記録をとっています。乗らないというより、不愉快な存在です。こんな人たちを相手に、本来の講義などできようがないじゃないですか。

結局、最後まで仏頂面で講義を続けた私は「不採用」の判定を受けることになります。わざわざ時間をとって準備までして、ばかばかしい話です。ですから最近では、模擬講義と聞くと、「だったら結構です。」と辞退することにしています。

私の大好きな芸人さんに綾小路きみまろさんがいます。彼のCD/DVDのほとんどはライブです。彼だけでなく芸人さんの場合は基本的にライブのはずです。お客さんがいなければ最高の演技はできないからです。以前、きみまろさんのスタジオ録音のCDを聞いた事がありますが、はっきり言って「聞いちゃいられない」という代物でした。なんでも警察関係のオーダーで作成された内容のようで、発注元がいろいろと注文をつけたんでしょうね。こんなCDで自分の芸が評価されるとしたら、きみまろさんはさぞかし不本意でしょうね。

講義も同じです。講師は言葉を重ねながら受講者の反応を観察し、次に紹介する話題を考えているのです。講義とは受講者と講師で形作られる生き物であり、受講者の学習意欲と講師の熱意が織り成す化学反応なのです。

セミナーとはライブである。そのことが理解できていれば、模擬講義などという茶番はなくなると思うのですが、なかなかなくなりませんね。むしろ増えている気もします。経費予算が厳しくなる中で、研修コストへの風当たりも強くなっているようで、十分な検討の結果開催された研修であることを社内にアピールする必要が出てきた研修担当者が、仕方なく模擬講義による選考会を実施しているのかもしれません。

とはいえ、講師の中には模擬講義を得意とする方もおられると思います。そんな方はきっと、投手で言えば北別府さんのような方でしょうね。講義の内容を精密に組み立て、受講者に左右されることなく、粛々と講義を展開されるのだと思います。

川口さん流に申せば、「教室と勝負か、受講者と勝負か」といった感じでしょうか。

私は受講者と勝負する講師です。

すみぶち塾Sumizuku

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