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2011年10月17日 (月)

ハードウェアか、ソフトウェアか

最近少し落ち着いてきましたが、「脳科学」がもてはやされていますね。「脳トレ」など、皆さんははまりましたか?

私は流行に疎いので、茂木健一郎先生の本を何冊か読んだくらいで、脳科学に「はまった」ということはなかったと思います。しかしブームというのは最後はさびしいものですね。今年になって、「脳科学はダメだ」という趣旨の話がよくきかれるようになりました。

生き方や勉強法など、膨大な著書を書かれている精神科医の和田秀樹さんも、ことしの春、「脳科学より心理学(ディスカヴァー携書)」という本で、「そろそろ脳科学はよして、心理学を見直しましょう」と言っています。でも、心理学もずいぶん前に大ブームになりましたので、それをまた蒸し返すというのも「どうなの?」という気がしますが、まあそれはそれとして、和田さんの主張を聞いてみますと、こんな感じです。

脳科学というのはいわば脳のハードウェアの研究を進める学問です。たとえばうつ病の原因は脳内神経伝達物質のセロトニンの再吸収が過剰になって、思考や意欲が沈滞するのが原因であり、セロトニンを吸収する受容体(レセプタ)をブロックすればうつ症状は緩和するのではないか、といった研究成果も脳科学(より正確には神経科学)が突き止めたものです。したがって、脳科学に意味がないとか、脳科学がうそだということではないのですが、あまりにも世間の期待と現実の脳科学の研究成果が乖離してしまっており、「脳科学さえあれば、人間のことは何でもわかる」というような誤解がはびこってしまっているのは困る、というような話です。ブームだから、ある程度仕方ない話かもしれませんが。何しろ脳科学では生きた人間の脳を用いた実験が難しいため、仮説ベースの研究成果が多いことも「脳科学に期待しすぎるな」という主張の背景にはあるようです。ねずみやプラナリアの神経をすりつぶしたら、こうなっていましたから人間も似たようなものでは、というような話でしょうか。つまり、現在の脳科学には大きな限界があるということです。

それに対して心理学はどうでしょう。こちらは心、つまり脳のソフトウェアを扱います。ところで、心理学というと、みなさんは「他人の心を透視できる学問」だと思っていませんか? 実はこれ、正統派の心理学者がもっとも困惑するところです。心理学はそんな便利な学問ではありません。むしろ「人の心はわからない」という前提に立った学問だ、といった方がより正確だと思います。「わからないからこそ、行動を観察し、心を推測するのだ」という立場です。したがって、心理学の研究では何よりも実験(テスト)が重視されます。心理学の論文を書くには統計学の知識は不可欠といってよいでしょう。たとえば、「このような条件を設定して、このような作業をやってもらったところ、こんなミスが通常より○%減少した。」というような事実を押さえ、「だから人間の心にはこんな性質があると考えられる。」という結論を導き出すのです。結構、時間と手間のかかる学問ですし、バイオやITのように、企業が巨額の研究費を出してくれることも少ない領域ですので、華々しい成果が次々と生まれてくることは期待薄です。

そんなわけで心理学を面白い話に結びつけるのは本来難しいのです。にもかかわらず、最近、似非心理学者がはびこっていますね。先日、某TV局の番組で、「カレーライスの食べ方からその人の性格を当てる」というのをやっていました。出演されていた「心理学の専門家」の方は、食べ方の順序などから本人の性格を次々に言い当てていきました。無知な方は、これを見て「心理学ってすげぇ!」と思ったでしょうね。でも残念ながら、これは相当に怪しい話です。もちろん、この専門家はバックデータとしてある種の実験結果を踏まえているのでしょうが、残念ながらその実験では「カレーの食べ方と性格の関係」については、何も語っていないはずです。それで無理やりのこじつけをやったんでしょうね。これでは、「地震の少ない年は台風が多い」などの迷信とそんなに変わりません。

これが困るんです。まともな心理学者やカウンセラーなど心理職の人は、本当に迷惑していると思います。「私の考え」として言うならともかく、「心理学ではこうなっています」というのですから。すぐにばれるうそをついて、それを心理学のせいにされたのではたまりませんよね。よく考えて欲しいと思います。まあ、どうせ一過性のブームですからそのうち誰も相手にしなくなると思いますけど。心理学や脳科学だけでなく精神科医療の世界も含め、「心」の問題というのは俗説がはびこりやすいですね。ある精神科の医師も、「大御所の大先生が、思いつきの俗説で本をかかれるので、ほんとうに困っています。」といっていました。さもありなん、と思える話です。

話がだいぶ逸れました。それで、心理学の良い点ですが、脳科学が通常の科学と同じように原因やメカニズムを深く探求していくのに対して、心理学はひたすら結果(というか現象そのもの)を追いかけます。こんな事実が観察されたのだから、心にはこんな法則があるのだろう、という研究の進め方を選択します。帰納法的な点で漢方医学に似てるといえば似ていますね。だから、メカニズムはわからなくても、状況さえ把握できれば何らかの結論を出せるのです。人間の心(あるいは脳)という、メカニズムの解明にまだまだ長い時間を要する領域に適用する方法論としては心理学の方が適しているようです。

しかしそうはいっても、脳科学的な手法を用いなければ解明できない部分もあり、一概にどちらがすぐれているとか、どちらがダメで、どちらがOKという言い方もできないと思います。和田さんの意図は、脳科学を過信せず、必要に応じて心理学で補ったり、心理学が優位の分野では積極的に心理学を活用しましょう、ということのようです。

教育の世界で例えると、脳科学は研修などのOff-JT、心理学は職場で推進されるOJTといったところでしょうか。研修ではまず、既に確認されている知識とその使い方を理論を交えて体系的に教えます。簡単な演習を行ったあと、「実際に活用できるようになるためには、実務で反復練習しましょう。」という形で終わります。ポイントはメカニズムを知識として与えることです。それに対してOJTでは、どちらかといえば「理屈はともかく、こうやれば結果はこうなる。」「経験を通じて体で覚えろ。」という形をとることが多いと思います。メカニズムを無視するわけではありませんが、それはそれとしていったん横におき、結果を導き出すための法則の体得を重視するわけです。

ここでも、どちらが大事だということは言いがたいと思います。最近の傾向として、研修でも体験学習が重んじられてきています。体験(現実には疑似体験)の仕掛けを用意しなければなりませんので、従来型の知識学習に比べ、知識伝達に避ける時間数は激減します。しかし、体験することで得られる「気づき」が持っている情報量は膨大であるため、あえて体験型の学習が選ばれるのだと思います。
(このような研修では知識学習は事前に配布した文献を読ませることで補うことが多いようです。しかし、これはこれで問題もあるのですが・・・。)

アプローチの異なる複数のツールを保有すると、仕事の幅は広がります。道具箱の中の道具は多い方がいいですね。ただし、使いこなせるのであれば・・・、の話ですが。

すみぶち塾Sumizuku_3

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